コリラックマに恋する男子の写真練習帖

北海道札幌市で写真を撮ってます。リラックマ・コリラックマ写真とネイチャー写真が多めです。オリンパスの「OM-D E-M1 Mark Ⅱ」「STYLUS TG-4」、フジフィルムの「X-T1」で主に撮影してます。

愛情や興味関心という限られた資源の配分を意識する

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どうも、madです。

 

なんか…こう…最近流行ってるじゃないですか。

ミニマリスト的な考え方。

 

いまいちこのミニマリストという単語がピンとこないところではありますが、「生活の中での不要な要素を削減しようと意識して生活する人」を表していると考えて問題ないでしょうかね。

 

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

 

 

いきなりこんな本を買ってきて「ときめかない!捨てる」と40リットル有料ゴミ袋を大量に消費する妻を横目で見ていて、madも影響されていろいろモノも捨てました。

 

たしかに、モノが溢れている状況では自分が人生において何を大事にしていきたいかということが分かりづらくなることはありますよね。

 

余分なモノを捨てたり、生活習慣を見直してみたりすると

「あれ、自分なんでこんなものに執着していたんだろう」

なんて気付かされる場面が何度もありました。

 

人間って愛情の総量みたいなものがあって、愛情はRPGのステータス振り分けのように自分の好きなものに振り分けていくような気がしてるんですよ、mad。

いや、それこそ愛する対象が増えるごとに自分の中の愛情総量が増えていく人もいるとは思うんですけど、少なくともmadの愛情総量は頭打ち状態です。

 

モノや執着が多い状況って、満遍なくステ振りしてる状態だと思うんですね。

攻撃力と防御力と体力と並行して上げていくみたいな。

しかしオールラウンダー的にステータスを振っても、いまいちパッとしないキャラクターが完成してボス戦も苦労するようになるんですよ。

愛情や興味関心も同じなんじゃないかと。

 

で、あくまで愛情や興味関心の総量は頭打ちという前提で考えてみると、人生でどういうことに注力していくか(ステータスを振っていくか)っていうことがすごく大事ではないかと思うわけです。

 

仕事も趣味も子育てもバリバリやるぜ!

みたいな超人もいるでしょうが、やっぱり一つのことに注力すれば他は蔑ろになりがちですよ。

madの場合は完璧に趣味を優先してそこに資源を重点投資したいので仕事に対する情熱は家族全員が入り終わったお風呂のお湯的な温度ですね。

 

うつ状態になった前の職場で、仕事もプライベート充実!みたいな幻想を打ちのめされた経験が根強くあるので、今の職場にあまりコミットしすぎるのも不安で、仕事は仕事で切り離して距離をおきながら仕事をしている状況です。

仕事に生き甲斐を見出すって考え自体かなり危険なことだと思ってまして、

「今の仕事だったら飲み食いしないで睡眠時間削ってでも楽しくやれるぜ!」

という仕事に巡り会えた(掴みとった)人以外は、変に仕事に期待を持つのは危ないんじゃないかと。

 

実は楽しくないんだけど、今の自分が置かれている状況を意識的にも無意識的にも肯定したいがために無理やり

「今の仕事って忙しいけれど、給料も低いけれど、やりがいがあっていいな…」

と考えている人は黄色信号ですよ。

 

たいして興味を持てないような仕事をしているのだったら、もう仕事はビジネスライクにお給料をもらう場所と割りきって、プライベートを充実させながら自分が興味を持ってることを追求していったほうがいいと思います。

 

悲しいかな、人生で残された時間は有限です。

たまには今の生活を見直して「本当に自分はこういう生活がしたかったのか、他にやりたいことがあるんじゃないか」と模索する時間を持つことって大事だと思います。

 

仕事は楽しいかね?

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